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(コラム)
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 私が鍼灸師になった理由

 子供時代は、肌が弱く風邪をひきやすい以外は、漫画と歴史の本と相撲と野球が大好きでした。
中学に進むと、映画が好きになりました。将来について、とりたてて考えておらず、普通に高校、大学に
行くものだと思っていました。

転機は、中2の時に訪れました。 

 父が田舎の高校の教頭になり私も田舎の中学に転校しました。(当時、人口の65歳以上の比率が全国で1番の町)
田舎の中学は受験戦争とは無縁で、生徒は皆のんびりしていました。私自身、勉強は好きではないです
から皆に染まり勉強もせず、読書にふけり、当然ながら成績は落ちました。 

 私が、中3の時に、父と進路の相談をしました。 

 当時、父が田舎の廃校寸前の高校を、立て直すため苦労していることは、息子の私も知っていました。

  父は言いました。「お父さんが学校を立て直すために頑張っていることは知っているよね」
            「そんな時に、息子のお前が別な高校に進学したら皆にしめしがつかない。」
             「楽しい学校にするから、お父さんの学校に入学してくれないか」 

 しかし、当時その学校は、偏差値は低くスポーツは弱く特色も無い、田舎の高校だったので私は大変不満でした。

父も、私の気持ちを察して、3つの特例を出してきました。 

 1つ、一生懸命勉強して、鹿児島ラサールに入学する。
    ラサールだったら、誰も文句は言わないし、むしろ褒めてくれる。 

 1つ、スポーツで頑張って、鹿児島実業にスカウトされる。
     鹿児島実業だったら、誰も文句は言わないし、むしろ褒めてくれる。 

 1つ、特殊な世界に行く。 芸能界、職人など。 

 その提案に、私は愕然としました。 

 さすがに両親も、悪いと思ったのか、数日後、新たな提案をしてきました。

 「鍼灸師になってみないか。」
 「10年位、修行してみないか」
 「鍼灸学校だったら、高校に進学する同級生に対しても面目が保たれるんじゃないか。」

鍼灸は以前、テレビや本で東洋医学を知り、興味を持っていたことと、三国志が好きで中国に関心が
あったことと父の高校に行きたくない気持ちが一つになり、鍼灸学校に魅力を感じ、入学を決意しました。 

 しかし、今の私であれば、一生懸命勉強して、鹿児島ラサールを目指したと思いますが、当時の私は良くも悪くも諦めが良かったのです。
 当時、鍼灸学校は九州では鹿児島にしかなく、中卒で入れるのも、全国でここだけで、2年後には法改正により入学資格は高卒以上になったことからも、縁があったんだと思います。 


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